好文亭の建物と歴史@偕楽園―水戸支店編―

こんにちは!三和ペイント水戸支店です。

水戸といえば『偕楽園』。日本三名園の一つである偕楽園は、江戸時代につくられました。水戸藩九代藩主の徳川斉昭によって造園され“領内の民と偕(とも)に楽しむ場にしたい”という想いで命名されたんだとか。なんだか、素敵ですね✨

今回は、偕楽園の中にある好文亭(こうぶんてい)という建物を、外壁塗装を手掛ける三和ペイントの視点でご紹介します!

■そもそも、偕楽園とは…?

偕楽園といえば、早春に満開を迎える梅の花が有名。園内には約100品種3,000本の梅の木が植えられているんだそう。取材に行った4月上旬は、もうすでに梅の季節は終わってしまっていたのですが、満開の時期は沢山の観光客の方で賑わうそうです!

東門から入るとメインロードが広がります。梅の時期は、きっと素敵な風景を見られるはず!

敷地はとても広く約300ヘクタールあるのだとか…!普段の生活でヘクタールを使わないのでどのくらいの面積か調べてみると、なんと東京ドーム約64個分でした。観光で訪れるのも良いですが、ピクニックやお散歩気分で来てみても良いかもしれませんね♪

そして、こんな看板もありました!

日本遺産に登録されている偕楽園。平成27年に認定されたようです!日本遺産は文化庁が主体となっており、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリーを認定しているそう。つまり、ただ保存されるだけではなく、地域のアイデンティティを再確認する為に活用されるというところが世界遺産とは違うのだとか。調べてみて初めて分かったことですが、興味深いですよね!

■好文亭に行ってみました!

それでは、好文亭に行ってみたいと思います!

偕楽園には、有名な梅の花が沢山ある東西梅林が有名ですが、好文亭は竹林があって少し落ち着いた雰囲気の場所にあります。園内には市民観光ボランティアの歴史アドバイザーの方がいて、その方から教えていただいたのですが、好文亭を境に“陰”と“陽”を意識してつくられているのだそうです。梅の木がある方は“陽”で明るい世界。逆に竹林がある方は“陰”で暗い世界。そのコントラストを楽しんでほしいとおっしゃっていました。

こちらが好文亭です!思っていたよりも広い建物だったので、入口近くの縁側の写真ですが、まさに落ち着くことができる場所。竹林に囲まれ、周りには現代的な建物が見えないので、タイムスリップしたような気分でした。

建物は木造二層3階建ての好文亭本体と、北に繋がる奥御殿からなり、全体を総省して好文亭と呼んでいます。この建物を建てた徳川斉昭は、その位置から建築意匠まで自ら定めたと言われています。

■好文亭のつくりと塗装

―銅の雨樋―

神社やお寺など、昔の建物によく使われている銅の雨樋。高価で雨風にも錆びづらい素材です。好文亭でも使われていました!現代の雨樋は塩化ビニールというプラスチックのようなものが一般的になっています。今でも銅の雨樋を設置されているお住まいを見かけますが、そのようなお住まいを見ると「拘って建てられたんだなあ~」と感じます。塩化ビニールよりも銅の方が高価ですし、劣化していっても味が出ます。和風のお住まいにはピッタリですね!

銅といえば、赤褐色をイメージされると思います。新しい銅は、赤褐色の綺麗な輝きがあるんです。経年劣化とともに酸化することで、このような緑青色に変化していきます。なので、よく神社やお寺で見る緑青色の雨樋も、建築当初は綺麗な赤褐色だったんですね!

―外壁塗装―

1842年に竣工された好文亭。その後、空襲などにより何度も復元工事がされています。その中には写真のように東日本大震災で崩落した外壁の展示もありました。

住まいの造りは湿式工法。骨組みがあって、その外側に外壁があって、最後に塗装が施されます。そこに使われる建材や塗料は時代とともに変化していますが、大きな造りはいまも同じです。写真を見てみると網があって、その上に外壁、そして中塗り・上塗りと続きます。当時の上塗りは黄土砂だったようですね!いまはツルツルした仕上がりになる上塗り塗料が殆どですが、昔は艶のない砂で仕上げられていたことが分かります!

三和ペイント水戸支店からは歩いて15分くらいの場所に偕楽園はあります!花を愛でるも良し、竹林で涼むのも良し、歴史に寄り添うのも良し。歩いていると、歴史アドバイザーの方が声をかけてくれるので行ってみてくださいね♪

以上。三和ペイント水戸支店がお届けしました!